本章




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「……ん? なんだ、あんたも登録しに来たのか?」

 モニターの前で作業をしていた男が、ふと顔をあげた。そのまま、カウンター越しの少年を値踏みする。

「…魔術師か……階級と属性は?」

 再びモニターに顔を落とし、何かを打ち込み始めた。

「………階級…ですか?」

「あ? 初心者か?」

 また顔を上げ、少年を見る。

「…はい」

「そうか…属性は分かるか?」

 男は、よいしょ、という掛け声とともに巨体を起こす。もたれていた椅子がギシリと音をたてた。

「…かんです」

「なら早い。ちょっとこっちに来い」

 カウンターの横の扉を開ける。中に入れということのようだ。
 少年は、少し緊張しながら、さらに奥へと入っていく男を追った。
 受付の奥は、休憩所になっていた。男は、そこにあったコップに水を注ぎ、机に置く。

「魔力を組むことはできるな? こいつに指を入れろ」

「………」

 恐る恐る人差し指を浸ける。生温い水が指に絡みつく。ただの水ではない。

「指先で、最狭範囲に最大限の魔力を込めるように組め」

 少年は目を閉じ、言われるままに魔力を組んだ。
 軽い緊張感に包まれながら、1つ1つ、確実に。有効範囲を広げないように、指先の1点に集中して力を込める。
 髪が、気の流れに沿って膨れ上がっていく。

「……よし、もういいぞ」

 極限まで溜められた力が、解放される寸前で霧散する。
 目を開けると、透明だった水が、群青色の絵の具を混ぜたかのようになっていた。
 男が部屋から出ていく。少年はハンカチで指を拭き、男に続いた。

「階級はQのようだな」

「クイーン…ですか?」

「……階級はサンクチュアリが一番高く、その後エースキングクイーンジャックと続く。さっきの水で言うと、色が白に近いほど階級が高く、黒に近いほど低い。階級はそのまま魔力の質だ。本人の素質によるところもあるが、基本的に階級を上げたきゃ鍛錬を積むことだな。ちなみにSは特別で……あー……まぁ、水は、透明のまま凍る」

 男はそこまで一気に説明したあと、モニターの前に座りなおした。

「…で、あんた名前は? どんなパーティを希望する? 既存か新規か」

ひいらぎセイです。パーティは―――」

 そのとき、斡旋所の入口が勢い良く開いた。その音は静かな部屋に響き渡り、みんなの視線を扉に惹きつける。
 入ってきたのは、セイと名乗った少年より幾らか年上の少年だった。ただ違うのは、セイが比較的痩身で法衣姿なのに対し、たった今入ってきた少年は、快活そうで腰に剣を携えていた。

「……あんたも登録かい?」

 どこかで聞いたセリフだった。
 だが、少年たちの耳には届いていなかった。
 彼らはハッとしたように、お互い釘づけになっている。
 2人の間だけ、時が進んでいないのではないかと勘違いしてしまいそうなほど、みごとに固まっている。

「………おい? 登録しないのか?」

 男は数十秒ほど蚊帳の外にいる気分を味わってから、いぶかしむように扉側の少年に声をかけた。

「……うん、するよ。でも俺……」

 呆然とした呟きだった。
 それぞれの瞳に、それぞれの瞳が映っている。
 少年には、それが道理で、あまりに自然だと思えた。
 何の違和感もない。
 だから少年は、迷いなく叫んだ。

「俺、この子と組む!」

 まっすぐセイへと差し伸べられた手。
 セイは目を丸くして、その手を見つめている。

「…だそうだが、どうする?」

 男が問いかける。
 その問いかけは、ただのきっかけに過ぎない。
 セイは刹那も求めず、軟らかく微笑み、少年の手をとった。

「よろしくお願いします」

「……そうかい。だが、登録はしてもらう。2人とも来い」

 2人は、手を握ったまま、仲良くカウンターに並んだ。
 手から伝わる熱によって、心臓が動かされているのではないかと錯覚してしまう。

「名前は?」

煌夜こうや! 游月ゆうげつ煌夜だ」

 陽気な少年――煌夜は、手近にあった紙に名前を書く。意外に上手なその字を見て、セイは、ああ、綺麗な名前だなと思った。

「年は?」

「16!」

 煌夜は、その緋色の瞳を燦々と輝かせている。彼の、夜の海に浮かぶ月のような金色の髪がまぶしい。
 並ぶセイは、対照的に、氷でできた花のような銀髪の間で、若葉萌ゆる幼緑色の瞳を穏やかにしている。

「柊は」

「15です」

「性別は男、と…… パーティリーダーはどっちだ?」

 顔を見合わせる。セイが、にこりとうなずいた。

「俺がする!」

「游月だな。……あんた、職はなんだ?」

「剣士だよ」

 煌夜は、男に見えるように腰の剣を持ち上げた。諸刃の長剣だ。その剣には、品のある美しい装飾が施されていた。

「…階級は?」

「………階級?」

「………」

 男は、ハァとため息をついた。やっぱりな、という態度だ。だが、とくに嫌な顔はしなかった。

「階級とは、そいつの腕前のことだ。剣士の場合は、試験を受けることになる。初めは…そうだな、初心者レベルのごく簡単なものから受けるといい。そいつに受かれば、あんたは晴れて剣士を名乗れるって仕組みだ。つまり、今は、剣士見習いってことだな。階級がもらえるのは、その次の試験からだ。試験はT〜]まである。つまり、魔術師の階級はJ、Q、K、A、Sだが、剣士はT、U、Vと続いて]までだな。ここまではいいか?」

 初心者がよく来るのか、説明する男の口調からは慣れを感じた。

「うん、それで、どこで受けるの!?」

「……城下町であれば、大体どこでも受けられる」

 男は、こいつ本当に聞いているのか?という顔をしたが、気分を害した様子はない。
 煌夜はそんな男の心情に気づいてすらいないんだろうな、とセイは思う。思わず温かい目で見守りたくなるほど、まっすぐな少年だ。

「城下町ってことは、この町にあるんだね!」

「…ああ。ただし、金がかかるぞ」

「え!? い、いくらくらい?」

 一気に不安そうになる煌夜を見て、男が苦笑を洩らす。そうだなぁ…とわざとらしく間を置いてから、にやりと笑って答えた。

「初心者レベルで、25シルバーほどだな。レベルが上がるごとに高くなるぞ」

 男は楽しそうだった。初心者が、そうそう出せる金額ではない。
 そのことに明らかにショックを受けている煌夜の顔を見て、面白がっているようだった。

「まぁ当面は金稼ぎだな。これからの旅に必要な分と一緒に稼ぎゃいいさ」

「うー金稼ぎかぁ」

 出鼻をくじかれた思いなのだろう、煌夜はカウンターに突っ伏す勢いだ。

「で、募集はどうする?」

「んー…とりあえずけんこんの魔術師かな……あとは……」

 煌夜がちらりと視線をセイに向ける。
 パーティの基本は5・6人だ。乾と坤の魔術師は、怪我の治療を得意としている。
 セイは少し考えてから、

「…坎以外の魔術師を1人、前衛をもう1人と……あとは、出来れば中距離火力でしょうか」

「ああ、いいなソレ!」

 パッと顔をあげ、満面の笑みで同意する。楽しくて嬉しくて仕方がない、そんな空気が再び醸し出される。
 男は目を細めた。これは良いパーティになりそうだ。

「よし、登録は以上だ。武運を」

「ああ!」








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