夢を見た。
今はもう、遠い――遠い昔の夢。 今は亡き、神の国。そこで出会った少女との思い出。 そう――私にとって彼女との出来事は、すでに懐かしい “思い出”だ。 だがまだ思い出に出来ていない者――これから思い出にしていく者と昨晩会って、話をした。 おそらく、その所為なのだろう。今尚懐旧の情に心を締め付けられているのは… 白。 艶やかに咲き誇る白い花。 花弁、雄蕊、雌蕊はもちろんのこと、葉や茎、根まで白い小さな花。 通称“色無し花”と呼ばれるその花は、まるで穢れを拒絶しているかのように絶世に、茶色の地面に規則正しく並んで咲いていた。 この花を“色無し花”と名付けた者は、この花の“何”を見て“色が無い”と思ったのだろう。 確かに、一輪だけを見れば、色無しに思えてしまうのかもしれない。特に“外”の人間は、白い花に馴染みがない故、私も初め“色無し”という名称に何の違和感もなかった。 しかし、数千本、あるいは数万本の“色無し花”に囲まれたとき、いったい誰がこの純な花を“色が無い”などと言えるだろうか。 素直に美しいと思えてしまうような――こんなにも無垢な白色は、今まで見たことがない。空を仰ぎ見ようとも、産まれたての雛を見ようとも、ここまで澄み切った白を感じ取ることはないだろう。 そう。この花は“白色”の花。“本物の白”の色を持つ花。この世で最も典雅な白―― そして、彼女は語る。 『ねぇ、オズ。何故この花が白い色をしているのか、分かるかしら?』 ――白は神の色だ。だから、神の国にしか咲かないこの花が白いのは自然なことだ。そうだろう? 『違うわ。順番が違う。神の国だから白い花が咲くのではないの。我が国に咲く花が白いから、我が国は神の国なのよ』 ――…何故、白は神の色なのか。それを問うているのかい? 『そうね。昔ね、大昔。この花は本当に“色無し花”だったの。他の花は色とりどりで美しいのに、自分には色がない。そう思って、とても悲しんでいたのよ。ずっと下を向いて咲いていたの』 そう言って彼女は、そっと足元の白い花に触れた。依然、下を向いて咲いている花を、愛しむように、守るように。 『その時、空から雪が降ってきたの。雪は悲しんでいる色無し花を見て、こう言ったのよ。“それでは、私の白色をあげましょう。だからどうか、泣かないで”と。そしてこの花は、白色の花になったのよ』 何とはない――少し変わった――お伽話。だが、彼女の口から紡ぎだされることによって、それは太古の神の言葉となる。 『それでも、この白い花は泣くことをやめなかった。だって、雪はいずれ溶けてしまうから。すぐに、消えてしまうから』 まるで自分のことを語るように。彼女は下を向いて、花を見続けていた。声のくぐもりは、俯いている所為だけではないだろう。 『でもね、気づいたの。自分は雪と同じ色をしている。同じなのだと。だから、悲しいけれど寂しくはないのよ。そして、ずっと待っているの。また、雪と会える日を』 雪と同じだから。“外”の気に触れられたら、なくなってしまう。 ――…そうか。だからこの花は、この国にしか咲かない…いや、この国でしか咲けないんだね。 そう言うと、彼女はにこりと――切なそうに笑った。そう、彼女も、この国でしか生きられない。 白色。それは、何ものにも溶け、明るくする色。それは、まさに神の色。神の色の花が咲き乱れる、神の国。 そして、そこでしか生きられない、神の子たち。 |