第4章 刻みだす記憶




C




 ふと、場面が少し変わり、時が少し近づいた。
 ああ、これは…私が何度目かに彼女のもとを訪れたときだ。
 共に庭を歩く彼女がそっと、その小さな手で大事そうに包み込んでいた布切れを開く。
 濃い紫の布の中には、掌ほどの大きさの青い石があった。
 磨き抜かれた見事な球体は、見る角度によって様々な青を見せていた。
 空の色、海の色――澄み渡った色、浅瀬の色、深淵の色、清らかな色、安らぎの色、静かな色…
 この国特有の石。通称、聖なる石。
 “外” に出回ることのない石で、私も見たのは初めてだ。正式名称は、ラピス・ラズリというらしい。
 彼女曰く、この石には不思議な力があるという。この国に生まれる、神の力を操りし者、その力に反応し、力を吸収、蓄える。たとえこの国の血が絶えようとも、この石さえあれば、神の子は再び現れる。

――この石を、私に…?

『えぇ。持っていてほしいの。その時が来るまで』

――何故? 私に、神の力はないよ? この国に入れたのも、君が招待してくれたからだ。宝の持ち腐れだと思うけれど…

『確かにあなたには、私たちと同じ力はない。でも、違う力なら持っている』

 ぎくりとした。神の前で隠し事など、できるはずもないのだ。

――……そう…だね。今のロード家には、この国の…神の血が混ざっている。…その方法がどうであれ、ね。けれど、いや、だからこそ、できることは……そう多くないよ。

 自嘲の混ざる顔を彼女に見られたくなくて、顔をそむけて話す。だが、言い終わってすぐ、温かく柔らかいものが頬を包んだ。彼女の、小さな手だった。

『かまわないわ。力の大小は関係ない。あなたに持っていてほしいの。あなたなら、使い方を誤らない。そして…私たちを助けてくれる。そうでしょう?』

 この彼女の悲しそうな笑顔が、とても印象的で。私は胸が締め付けられる思いで、神の石を受け取った。


 さらに時は近付いて。
 そう、それは、最後に聞いた、人に在らざりし色を持つ少年のこと。
 薄紫の髪に、濃い紫の瞳。肌は色無し花のように白く、それを隠すようにいつも漆黒のコートをまとっている。その少年は、この国の貴族の1人だが、血筋は誰も分からない。ただ、恐ろしく強い力を持っていた。それは、正式な血筋の彼女に勝るとも劣らない、まさしく神の力だった。

――先祖がえり…というやつかい? この国の力は、王家の者だけが生れし時に神より授かるものだと、聞いていたけれど…

 彼女は私の問いには答えず、聳え立つ城を仰ぎ見る。
 強すぎる力を持つ少年は、城の中に閉じ込められ、自由に出歩くことも、その力を使うことも許されない。
 紫――とくに薄紫は、人には決して現れない色。それゆえに、この国の王家の者が好んで身にまとう。
 だが、少年はそれを持って生まれた。
 この国では、昔からごくまれに紫の瞳を持つ者が生まれる。その者達は必ず強い力を持っていた。しかし、薄紫の髪は未だかつて存在しない――記録上は。彼女も瞳は赤に近い紫だが、髪は銀色だ。
 当然のごとく少年は、城に住む者、登城する者に恐れられ――煙たがられた。

『初めて会ったとき、とても綺麗だと思ったの。一目で魅かれたの。すぐに噂の子だと気付いたけれど、話しかけずにはいられなかった。弦楽器のような、凛とした声色で、返事をしてくれたわ』

 周囲から何を言われようと、何度止められようと――気にも留めずに毎日話をして一緒に遊んでいるのだと、彼女は楽しそうに笑った。

『大人しくて、あまり喋らないけれど、とても優しい人なの。瞳が澄んでいる。猜疑と欺瞞の中でも、心を見失わない。とても――とても強い人』

 たとえ心を見透かさなくても――わかった。彼女はその少年のことを慕っているのだと。でも、それが決して結ばれない想いだと知ったのは、どのくらい後のことだろう…

『彼の名前はね――リュート、天使の音色よ』








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