「…………ト………リュー……」
声が聞こえる。また、 「リュート」 だが、琴の音を思わせるようないつもの声とは違う。もっと濃艶な――頭の芯がしびれそうな声だ。 「リュート!」 「――!」 肩を強く揺すられる感覚で覚醒する。俺は少し湿った瞼を一気に開いた。 「……?」 あたりはまだ暗い。 背後から月明かりが差し込んでいるようで、徐々に目が慣れてくる。頭も次第に起きてきて――不意に人の気配がした。 「誰だ!」 布団をはねのける。 視界の端に映った剣をひっつかみ、すぐ近く、気配の先へと鞘ごと切っ先を向ける。 「!?」 そこには――紅い目が印象的な――月神がいた。 月神がうっすらと微笑んでいる。あまりにも凄艶なその微笑みに、俺は、月の陰影を見た気がした。 「やっぱり、思い描いていた通りの色だ。リナリアよりも濃い紫眼――」 ―――リナリア!? 反射的に剣を引く。 そうだ。確か、先ほども俺のことをリュートと呼び起こしていた。 この男、何故その名を知っている!? 「ああ、すまないね。私は、その名しか知らないんだよ」 「!?」 口に。 ―――出した…か? いや… 「おや、違ったかな? 彼女のほうかい?」 心が、揺さぶられる。駄目だ。落ち着け、俺。 「………どちらでも、いい。何故、その名を知っている」 今度こそ、口に出して問う。それが、ひどく難しい。 「教えてもらったんだ。昔ね」 ―――どういう、意味だ…? 問い詰めたいのに――できない。男の瞳力が強すぎて、言葉が出ない。 それに、なぜだろう。声が、あまりに耳に心地よくて… 「私は、オズワルド=ロード。この国の統治者だよ。ただし、今は忍びだけれどね」 ―――王!? いたずらが成功した子供のように目を細めるその姿の、なんと艶冶なことか。 確かに、王都の血筋は銀と金の髪に赤眼だと聞いたことがあるが―― ―――……若すぎないか? どうみても二十五、六だ。気功術師でもない限り、実年齢もそうだろう。 前王が病により崩御されて、新しい王が立ったのが今から七年前――現王はかなりの賢王だと聞いていたから、すでに壮年かと思っていたが… 「意外かい?」 くすりと笑われ、心臓が跳ねる。 疑いの目を向けてしまったのだろうか。 それとも、何もかもが見抜かれているのか…だが不快感はない。すべてを許され、包み込まれるようだ。 「私は、どうしても君に会いたかったんだ」 何故…明日には謁見の間で会えるだろうに。 だが、そう思っても反論ができない。 緋に、溺れる。 「――私的にね」 やはり本当に心を見透かされているようだ。肩の力が抜ける。 もうすっかり緊張もほぐれ、気がつけば、こちらまで笑顔になっていた。 「あなたは、ホーリィグレースについてご存じなんですね」 しかし――なぜウェルナキアは知らなかったのだろう。近衛であるはずなのに。 彼は、肝心なことは伏せられ、この王に踊らされているというのか… 「私が言えることは何もないよ」 何を――ウェルナキアの何を見透かしているんだ。心を燃やす、その炎で。 「怒らないでくれ。彼女の意思を尊重したい。君たちが、自分の足で、目で探さなければ意味がないんだ」 俺たち自身で…それが、 「それよりも、リュート。君のことを教えてくれ。今まで、どこにいたんだい? どんな人たちと知り合って――なぜ 依然として一部に引っ掛かりを覚えるものの、俺は素直にすべてをしゃべった。 そうしなければいけない気がした。 いや――背負い切れなかったんだ。一人では。あの赤黒い幻が、後悔が、重すぎて… |