第4章 刻みだす記憶




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 それは、続きだった。
 夢の続きを見るのは、果たして誰の想い故か。
 赤黒い景色がよみがえり、阿鼻叫喚の世界へと再び落ちる。

『ダメ!』

 咳き込みがちな血の匂いの中の、むせ返りそうな神気が渦巻くさなか、俺は腕を掴まれた。
 しかし、今度は振り払わなかった。
 振り払えるはずもない。
 集結し、膨張していた力が霧散する。
 どうして止めるんだ。
 俺がやらなきゃ。
 だから、俺が、

『あなたはダメ』

 どうして。
 理由が分からず振り返ると、俺を背後から抱き締める少女がニコリと笑った。
 昔は分からなかった・・・・・・・・・
 だが、ここ・・でなら分かる。
 少女の想いが聞こえてくる。耳によくなじむ、小鳥のような声は、不思議と現実じみていた。
 夢とは、なんて便利なものなのだろう。たとえ己の願望だとしても、俺が真と言えば、それが真実となる。

――あなたが、好きだから。

 心臓がどくんと跳ねる。
 どうか、目覚めないでくれ。
 現への浮橋を渡らないでくれ。
 彼女の告白を、昔の俺には伝わらなかった想いを、受け取るまでは。

――だから、死んでほしくない。

 死。
 何故だろう。ひどく身近で当たり前なものなのに、この少女が言うとひどく好ましくないことのように思える。

――あなたは、いつも自分なんてどこにもない風で。

 自分の存在を見つけられなかった。どこにいても、誰といても。愛情を感じても。俺の居場所はそこではなくて。

――いつも私たちのことを一番に考えて。

 この世界に、必要なものだと思った。失くしてはいけないと思った。
 一緒に過ごした時間も、一緒に笑ったその声も、何もかも。大切だったんだ。失くしたくないと思った。

――そんなままでいてほしくない。

 変わりたくなんてない。失くしたくない。

――ちゃんと自分の幸福を見つけてほしい。

 多幸だった。みんなといることが、何よりも。……何よりも。

――今でなくていい。いつか。

 いつがあるというのだろう。箱庭から出ることなど許されていないのに。逃げだせば、きっと俺は狂ってしまう。
 しかし、一生、なんて言葉がないことも知っている。先なんて、一番不確実なもの。

――この地位が邪魔なら、消してあげる。

 ああ、いらない。この地位も、この髪も、この瞳も、この力も。なければいい。

――この視線がつらいなら、消してあげる。

 嫌いだ。侮蔑と恐怖と猜疑に彩られた、多くの目が。

――だから。

『私がやる』

 光が、聖なる光が集まる。俺のものより繊細で、温かい。

『みんなは殺させない』

――リュートのために。

 視界に光が満ちる。
 意識が。
 少女がこちらを向いた。最初で最後の。美しくも儚い泣き笑い。
 消える。消えてしまう。
 俺が?
 少女が?

『――リナリア!』

 俺の意識は、さらに深みへと沈んでいった。








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