第3章 密やかなる破片




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「ウェルナキア様、後ろの殿方はどちら様でしょうか?」

 ふと聞こえてきた自分の話題に、俺は声の主の方へ顔を向けた。少女と、目が合う。
 町の人に呼び止められては愛嬌を振りまいていたウェルナキアが、ふとこちらを向いた。

「僕の連れです。王都へ来るまでのモンスターとの戦闘で疲労しているので、城で休んでもらおうかと」

「まぁ! でしたら私の家でお休みになりませんか? 狭いですが、すぐそこですし」

 パッと顔を輝かせた少女がウェルナキアの袖を引こうとする。
 だが、その言葉に、周囲にした少女たちが反応した。

「それなら私の家に!」

「いいえ! 私の家のほうが…!」

 一斉に女性たちが集まってくる。
 何だ、これは。
 衛兵やフィリーネが後退る。衛兵に担がれている俺も、下がらざるを得ない。
 しかし、ウェルナキアはそんな女性たちを一人ひとり相手にしていった。至極丁寧に断っていく。中には男性も混ざっていたが、ウェルナキアの笑顔は分け隔てない。
 こうなれば、異様という他なかった。
 ウェルナキアの異常なほどの愛想のよさに舌を巻きながら、俺たちは先を進む。
 ようやく城の門が見えてきたころ、ずっと呆気にとられていた衛兵は、思い出したように語りだした。

「そ、そういえば……」

「?」

 衛兵の声はきちんと小声で、俺たちを先導しているウェルナキアの耳には聞こえないほどに絞られていた。
 願わくは、城に着くまでに話し終えてほしい。

「ご存知かもしれませんが、ウェルナキア様がすごいのは、先ほどの話だけではありません。これが、ウェルナキア様が近衛となられた最たる理由だと思いますが、ウェルナキア様は全属性の精霊と契約なさっているのです。人間が契約できる聖霊は、水、火、風、地、光、闇の六種類だそうで、通常、一人一つか二つまでと言われています。それ以上と契約を結ぶと、体がもたないからだそうです。しかし、ウェルナキア様は全六種と――確かに、魔法使いなら全属性を操れる者はたまに――数十年に一人くらいはいるようですが、その…精魔使はただでさえ貴重なうえ……その」

 衛兵がどもる。言いたいことは分かった。つまり、あり得ない・・・・・と言いたいらしい。
 “すごい”という言葉は、便利でいて――卑怯だ。尊敬という言葉が、少なからず畏怖――恐怖と同義語として使われるように、“すごい”もまた、脅威の念が込められる。
 一体、この国のどれだけの人が、ウェルナキアのことを“一人の人”として見ているのだろう。彼の気さくな人柄に隠れたものに、一体どれだけの人が気づいているのだろう。
 だが、それでもウェルナキアは楽しそうだった。ときに孫、ときに息子、ときに弟…まるで家族を迎え入れているような温かさ。彼に向けられるこの温もりだけは、偽りであってほしくない。
 衛兵の足が止まった。どうやら、城門に辿り着いたらしい。
 ここからは、王の住まいだ。誰かに寄り掛かったり、ましてや引きずられたりすることは許されない。
 俺は、体に力を入れた。衛兵から離れ、自分の足で歩こうとするが――まずい、気功の力が――

「ラントさん!?」

「――っ」

―――気が、逆流する…!

 抗いきれない力の暴走に、意識が引き裂かれる。

「――ッ 外に……出るな!」

 そして俺は、三度気を失った。







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