第3章 密やかなる破片




I




「王都近衛精魔使ウェルナキア、ただいま帰還いたしました」

 近衛の服の袖を持ちあげ、略式の礼をとる。貴族が集まるような公式な場でない限り、跪くと、王は怒る。理由は簡単。王の身を守る近衛が、跪いていた所為で助けられませんでした、では困るからである。だが、それだけではないことを僕は知っている。
 特に許しも得ないまま顔をあげると――早くあげないと怒られる――、そこには王という名の太陽神がいる。この世の何よりも端麗で荘厳な――なぜ、跪かせてもらえないのだろう。

「お帰り、キア」

 ふわりとした笑顔のまま、告げられる。たった一言。なのにそれは、千年来の愛告よりも心に沁みる。
 いつ見ても、何度見ても惚れ惚れする。その麗しい見目もさることながら、王座に背中をまっすぐ伸ばして座る姿は、まるで遥か昔の人々が彼のためだけに用意した王座であると錯覚させる。彼から放たれる優雅さや威圧感を感じない者はいないだろう。垣間見える若さ特有の気迫も、人々を虜にさせる一因だ。
 たまに、僕やもう一人の近衛しかいないときは、気だるげに座ることもあるけれど、それもまた優美で。息をつき、目を伏せながら長い脚を組まれるときなど、見慣れた今でもドキッとしてしまう。
 謁見の間には、日の光が緩やかに差し込み、彼の金と銀の混ざった髪や深紅の瞳が神秘的に輝く。まるで太陽神が舞い降りたかのようで、平伏さずにはいられない。
 もう何年も感じてきた。
 まさか、失われやしないだろうと、そんなこと全く考えたことすらなくて、焦りから乱雑に扉を開けたというのに。
 彼は何も変わらずに、ただそこに在ってくれる。迎えてくれる。包み込んでくれる。絶え間ない安堵感に抱かせてくれる。
 僕は知っていたはずなのに。ただ忘れていた。
 暗闇を。
 彼が忘れさせた。闇を打ち払う光で。
 だから、賊の話を聞いたときは、気が気じゃなくて。
 謁見の間に入っていつものように王座に座る王を感じたとき、緊張が切れてその場から動けなくなった。
 けれど、そんなこと許されないから。そんな自分を許したくないから。
 僕は新たな決意を見いだせる。この王を守ろうと…







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