第3章 密やかなる破片




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 ウェルナキアは、いつの間にか、すっかり元に戻っている。もともと、怒気など溜めておける体質ではないのだろう。ただ、その表情は少し硬い。俺たちの先頭を歩き――最短の道筋で城を目指す。
 さすがに王都は人通りが多い。門から城へと続く広い街道に、所狭しと並べられた露店。物を売る人と買う人の交渉の声が飛び交い、かなりの賑わいを見せている。両手いっぱいに買物袋を提げている人、どこかへ駆けて行く人、商品を積んだ台車を押し運ぶ人…城への道は様々な人でごった返していた。
 そんな中を進んでいるにもかかわらず、俺達の歩みは比較的順調だ。
 ウェルナキアの先、自然と道が開けていっている。というのも、行き交う人がウェルナキアに挨拶をし、道を譲っているのだ。

「キアは国民に好かれているのね」

 フィリーネがぽつりと言った。衛兵はウェルナキアの顔を知らなかったというのに、不思議なことだ。

―――それだけ、キアは国民のために力を奮ってきたんだろう

 若干十二、三歳で――どれほどの偉業を成したのか。

「…なぁ、衛兵さん。“ウェルナキア”はどんな人物で、どんなことをしてきたから、こんなにも有名なんだ?」

 俺は肩を借りている衛兵にこっそりと聞いた。いまだ蒼い顔をしている衛兵は、驚いたように俺を見かえす。

「はっ ウェルナキア様は――」

「…小さい声で頼むよ。キアに聞こえる」

 フィリーネがひそかに近寄ってくる。
 衛兵は、先ほどよりは小さな声で――だがフィリーネが耳をそばだてずとも聞こえるほどの声で話しはじめた。

「はい。ウェルナキア様は、およそ五年ほど前、この王都にモンスターが襲ってきた時に、町に結界を張り、皆がてこずっていたモンスターを軽々と一掃してしまわれた英雄と聞いております。私は先日門衛になったばかりでして…それまでは地下牢の番をしておりましたのでお顔は存じ上げなかったのですが」

「歳も、でしょ」

「も、申し訳ごさいません」

 今から五年前…恐らくウェルナキアは七、八歳だろう。そのころにはもう精霊魔法を使いこなしていたということか。とはいえ、さすがに軽々と使いはしなかっただろう。精霊魔法は、第一に精神力だが、体力もかなり消費するはずだ。王都には魔法使いも衛兵も大勢いる。それが太刀打ち出来ないほどに強い、もしくは数が多かったのなら、最大限の力を使い果たし何とか打ち払ったに違いない。だからこそ英雄なのだろう。








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