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気がつく。焦点が定まらない。 聴覚が先に正常となる。何かをズルズルと引き摺る音がする。 視界が黄色い。顔に当たるものが、柔らかくて、こそばゆい。これは…… 「……っ………キ、ア……?」 ウェルナキアの細くしなやかな金髪だ。喋ると、口にしてしまいそうになる。 「あ、気がつきましたか?」 「俺は……何を……」 何をしようとしたんだろう。あんな強大な力を使って。誰かに止められた気もする。 「覚えてないんですか? ラントさん、湖で倒れてたんですよ」 徐々に、体に力が戻ってくる。何故だか、少し足が痛い。 「気功術を使って倒れて、いったん目を覚ましたんです。休んでてくださいって言ったのに、剣を洗わなくちゃって、ふらふらと湖に行って……帰ってこないから心配したんですよ?」 体の感覚は回復してきたが、まだ歩けそうにない。 「ちなみに、今、王都へ向かっています。もう少しで着きますから――若干引き摺ってますが、我慢してくださいね」 ああ、それでズルズルと… ダメだ、体が重くて、動く気になれない。 気功術を使うと、いつもこうだ。 けれど、いつまでもウェルナキアに負ぶわれるのは、申し訳ない。自身よりでかくて重いのに、よく――そうか、精霊魔法で全身の筋力を増しているのか。 フィリーネはどうしたのだろう。足音はするから、近くにいるのだろうが、彼女が静かだなんて可笑しい。このような状況下、真っ先に喚きそうなものを。……やはり、恐れられたか。だから、人前で気功術を使うのは嫌だったんだ。せっかく、二人ともいないと思って、使ったのに。こんな俺のために、戻ってきて…… どこからか、にぎやかな声が聞こえてくる。 「着きましたよ。王都です」 顔を上げたい。でも、ほとんど持ち上げられず、結局ウェルナキアの髪に埋める。 「止まれ」 野太い男の声がした。 「? 何です?」 ウェルナキアが止まり、答える。 「お前たち、どこから来た? 王都へは何をしに来た?」 「……? 何かあったんですか?」 「いいから、答えろ」 何だろう。以前、王都へ来た時は、こんなこと聞かれなかった。俺たちは怪しまれているのだろうか。 いや、確かに、怪しいかもしれない。子供が三人、しかも一人は負ぶわれ、引き摺られている。 とはいえ、きちんと説明すれば、問題ないはずだ。俺とフィリーネは帯剣しているし、集団家出だとは思われまい。 だが、なぜだろう。ウェルナキアからは、僅かながら怒気が流れ出ていた。 「だから、何かあったんですかと聞いているんです」 「いいから答えろと言っているんだ。それとも、牢屋にぶち込まれたいのか!?」 男のその言葉に、俺は隣で何かが切れる音を聞いた気がした。 「それは僕のセリフです! 僕の顔を知らないんですか!?」 思わず、ぎょっとする。すごい見幕だ。あの温厚なウェルナキアがこんなに声を荒げるなんて… 「いいですか? 僕の名はウェルナキア。王都近衛精魔使のウェルナキアです。この方たちは、僕の友人です。わかったら、さっさとどいて、そこを通してください」 「近衛精魔使…ウェルナ…キ…ア!? こんな子供が!?」 「……牢屋に入りたいんですね? 僕が進言しておきましょうか?」 顔を見ないでもわかる。ウェルナキアはきっと今、にっこりと笑っている。…青筋を立てながら。 「し、失礼しました! どうぞ、お通りください!!」 衛兵は、可哀想なくらい、声が裏返っている。背負われている状態でよかった、と思う。すぐ横にいるフィリーネの顔ですら、やや青ざめていた。 それにしても、ウェルナキアが近衛だとは驚きだ。これだけ強いのだから、当たり前といえば当たり前か。王都では、身分や年齢よりも実力が重視されると聞いたことがある。 だが、同時に落胆だった。王に最も近しいものが、ホーリィグレースの情報を知らないとなると、王都での情報収集もうまくいかないかもしれない。 「で、何があったんですか? いつもはこんなこと、していないでしょう?」 「はっ! 先日、城の近辺を何者かが探っていたと思われる形跡が見つかりまして、念のために門を封鎖しているのです!」 「! 陛下はご無事なんですか!?」 「我々は、特に何も聞いておりません!」 「そうですか…わかりました。お勤めごくろうさまです」 「はっ」 衛兵が敬礼をする。顎を上に向けながら、ちらりとこちらを見た。ウェルナキアの背から上目使いで眺めていた俺と、視線がぶつかる。 「……あの、そちらの方ですが、よろしければ我々の肩をお貸ししましょうか」 「…では、お願いします。病人なのでくれぐれも慎重に運んでくださいね」 引きずっていた奴がよく言う。そもそも、病気じゃないんだが。 とにかく、俺はだるい体を衛兵に預け、ウェルナキアの後ろを進むことになった。 |