第3章 密やかなる破片




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―――!

 気がつく。焦点が定まらない。
 聴覚が先に正常となる。何かをズルズルと引き摺る音がする。
 視界が黄色い。顔に当たるものが、柔らかくて、こそばゆい。これは……

「……っ………キ、ア……?」

 ウェルナキアの細くしなやかな金髪だ。喋ると、口にしてしまいそうになる。

「あ、気がつきましたか?」

「俺は……何を……」

 何をしようとしたんだろう。あんな強大な力を使って。誰かに止められた気もする。

「覚えてないんですか? ラントさん、湖で倒れてたんですよ」

 徐々に、体に力が戻ってくる。何故だか、少し足が痛い。

「気功術を使って倒れて、いったん目を覚ましたんです。休んでてくださいって言ったのに、剣を洗わなくちゃって、ふらふらと湖に行って……帰ってこないから心配したんですよ?」

 体の感覚は回復してきたが、まだ歩けそうにない。

「ちなみに、今、王都へ向かっています。もう少しで着きますから――若干引き摺ってますが、我慢してくださいね」

 ああ、それでズルズルと…
 ダメだ、体が重くて、動く気になれない。
 気功術を使うと、いつもこうだ。
 けれど、いつまでもウェルナキアに負ぶわれるのは、申し訳ない。自身よりでかくて重いのに、よく――そうか、精霊魔法で全身の筋力を増しているのか。
 フィリーネはどうしたのだろう。足音はするから、近くにいるのだろうが、彼女が静かだなんて可笑しい。このような状況下、真っ先に喚きそうなものを。……やはり、恐れられたか。だから、人前で気功術を使うのは嫌だったんだ。せっかく、二人ともいないと思って、使ったのに。こんな俺のために、戻ってきて……
 どこからか、にぎやかな声が聞こえてくる。

「着きましたよ。王都です」

 顔を上げたい。でも、ほとんど持ち上げられず、結局ウェルナキアの髪に埋める。

「止まれ」

 野太い男の声がした。

「? 何です?」

 ウェルナキアが止まり、答える。

「お前たち、どこから来た? 王都へは何をしに来た?」

「……? 何かあったんですか?」

「いいから、答えろ」

 何だろう。以前、王都へ来た時は、こんなこと聞かれなかった。俺たちは怪しまれているのだろうか。
 いや、確かに、怪しいかもしれない。子供が三人、しかも一人は負ぶわれ、引き摺られている。
 とはいえ、きちんと説明すれば、問題ないはずだ。俺とフィリーネは帯剣しているし、集団家出だとは思われまい。
 だが、なぜだろう。ウェルナキアからは、僅かながら怒気が流れ出ていた。

「だから、何かあったんですかと聞いているんです」

「いいから答えろと言っているんだ。それとも、牢屋にぶち込まれたいのか!?」

 男のその言葉に、俺は隣で何かが切れる音を聞いた気がした。

「それは僕のセリフです! 僕の顔を知らないんですか!?」

 思わず、ぎょっとする。すごい見幕だ。あの温厚なウェルナキアがこんなに声を荒げるなんて…

「いいですか? 僕の名はウェルナキア。王都近衛精魔使のウェルナキアです。この方たちは、僕の友人です。わかったら、さっさとどいて、そこを通してください」

「近衛精魔使…ウェルナ…キ…ア!? こんな子供が!?」

「……牢屋に入りたいんですね? 僕が進言しておきましょうか?」

 顔を見ないでもわかる。ウェルナキアはきっと今、にっこりと笑っている。…青筋を立てながら。

「し、失礼しました! どうぞ、お通りください!!」

 衛兵は、可哀想なくらい、声が裏返っている。背負われている状態でよかった、と思う。すぐ横にいるフィリーネの顔ですら、やや青ざめていた。
 それにしても、ウェルナキアが近衛だとは驚きだ。これだけ強いのだから、当たり前といえば当たり前か。王都では、身分や年齢よりも実力が重視されると聞いたことがある。
 だが、同時に落胆だった。王に最も近しいものが、ホーリィグレースの情報を知らないとなると、王都での情報収集もうまくいかないかもしれない。

「で、何があったんですか? いつもはこんなこと、していないでしょう?」

「はっ! 先日、城の近辺を何者かが探っていたと思われる形跡が見つかりまして、念のために門を封鎖しているのです!」

「! 陛下はご無事なんですか!?」

「我々は、特に何も聞いておりません!」

「そうですか…わかりました。お勤めごくろうさまです」

「はっ」

 衛兵が敬礼をする。顎を上に向けながら、ちらりとこちらを見た。ウェルナキアの背から上目使いで眺めていた俺と、視線がぶつかる。

「……あの、そちらの方ですが、よろしければ我々の肩をお貸ししましょうか」

「…では、お願いします。病人なのでくれぐれも慎重に運んでくださいね」

 引きずっていた奴がよく言う。そもそも、病気じゃないんだが。
 とにかく、俺はだるい体を衛兵に預け、ウェルナキアの後ろを進むことになった。








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