第3章 密やかなる破片




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 月明かりの中、走る。
 ウェルナキアの感覚だけが頼りで、私は転ばないように走るだけで精一杯だった。途中、モンスターに出くわさないことを祈る。

「まずいです。数が多い。早く向かわないと…」

 どうやら、設置してきた結界の周囲をモンスターが取り囲んでいるらしい。どうやって感じ取っているのかは知れないが、こういうときのための結界ではなかったのだろうか。

「結界は万能ではないんです。あんな数のモンスターに一斉に攻撃されたら、破られてしまいます」

 つまり、かなりやばい状況だ。

「っ」

 木の根に足を取られそうになる。
 月明かりが、もっと明るければよかったのに。
 裸の足が痛む。

「!」

 奇声が聞こえた。モンスターの声だ。近い。

―――ラント!

 先を走るウェルナキアが止まった。
 手でこちらを制してくる。
 何故…とウェルナキアの顔を見ると、彼は目を見張っていた。怪訝に思い、ウェルナキアの肩越しに、前を見る。

「!?」



 守ってあげたい。
 町の女の子たちが口を揃えて言った、ランティアに対する印象だ。
 私は、もう少し逞しいほうがいいわ。
 初めてランティアをみたとき、そう思った。
 守ってあげたいなどとは、思わなかった。
 けれど、ずっと年下だと信じて疑わなかった。
 確かに、ランティアは己の年齢に対して何も言っていない。
 だが、彼の纏う雰囲気が、彼を幼く見せているのだ。見た目が若いだけではない。
 それでも、普段の仕種や話し方は大人びていると思う。
 でも――



 今は違う。

「ラン……ト?」

 体が勝手にランティアに向かって行くのを、ウェルナキアに止められる。

「今は行かないほうがいいです」

 それに敢えて刃向かおうとは思わなかった。
 思えなかった。
 今のランティアは――

「すごい気だ…なんて――」

 なんて、神々しい。
 暗闇にさす月明かりが霞んでしまうほどに。
 およそ二十歩ほども離れているのに、輝かしさに直視できない。
 全身を厳重なオーラに包まれたランティアが、ゆっくりとこちらを向いた。
 目は合わない。
 こちら側――私たちに背を向けているモンスターを眼中に納めたのだ。
 ランティアの眼は、純度の高いアメジストに月の光を通したように美しかった。

――綺麗…

 私はこの光を、以前、見たことがある気がする。
 暖かくて、けれど、どこか危うい光だ。
 そして、恐ろしいほどに絶対的な輝き。
 私はどこで見たんだろう。

「………っ」

 また、言葉が浮かぶ。彼を呼ぶ・・・・、言葉。
 口をついて出そうになるが、すんでのところで飲み込む。

――だからこんな言葉、相応しくないって! なんで…

 ランティアを見ていると…込み上げてくる。
 ランティアが動いた。
 それは、瞬きも出来ないほどの短い時間だった。
 私が我に返ったのは、ランティアが地面に倒れる音を聞いた時だった。








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