第3章 密やかなる破片




A




 ウェルナキアは王都から来たらしい。
 自己紹介後、お互い手紙を見せあったが、残念ながら大した情報は得られなかった。
 彼の手紙に書いてあった名は、シトラス=ヘンデルハフト。精霊魔法を使うときに彼が名乗っていたものと同じだ。気になって聞いてみたところ、ウェルナキアという名では精霊が反応せず、代わりに返ってきた名がそれだったという。
 やはり、ウェルナキアは手紙をもらう前から、己のもう一つの名を知っていたのだ。だが、名以外は何も分からないようで、調べるためにちょくちょく旅に出ていたらしい。
 森に入ってから、もうだいぶ経っている。そろそろ日が傾く頃だ。闇の中森を歩くのは避けたかったが、こんなところで野宿も危険だろう。
 そう思い、揺れなく落ち葉を踏み分けたとき、

「今日はこの辺にしませんか?」

 俺は足を止め、ウェルナキアを振り返った。
 彼はもう、適当な大樹の下に荷物を降ろしていた。

「だが…」

「大丈夫です。僕は闇の精霊とも契約をしていますから」

 にこりと笑って俺たちを手招きする。フィリーネが喜々として寄るのを見て、俺も仕方なくウェルナキアのもとへと寄った。
 闇の精霊の力が使えるとして、一体どうするつもりなのか。

「封印されし者」

 手を合わせ、ウェルナキアが集中しだす。

「その封印より迫り出る力を、我の力へと変換せよ」

 辺りの闇が濃くなった気がした。

「我は、シトラス=ヘンデルハフト」

 ウェルナキアの足元に、漆黒の魔法陣が浮かび上がる。

「我が名に応えよ、ドゥンケルハイト!」

 闇が、迫り出る。
 それは、俺たちの周りを少し広めにぐるりと囲い、固まった。

「結界を張りました。この中にいれば安全です。僕たちは普通に出入り出来ますので、境には気をつけてくださいね」

 結界。
 それは様々な場に使われる。
 おもに中の者を外の者から守るためだが、時にその逆にも使われる。中の者を閉じ込めるのだ。今張られたのは前者だが、何とも便利な力である。

「ねぇ、水、浴びてきていい?」

 しゃがみ込んで荷物を整えていると、フィリーネが聞いてきた。

「水?」

「そう。来る途中、湖を見たのよ。ここから結構近いの」

 森を長時間歩いて疲れたのだろう。水を浴びたい気持ちも分かる。だが、モンスターの巣窟にフィリーネを一人で行かせるわけには行かない。かと言って、水浴びに俺がついて行くわけにも…

「大丈夫よ。この子連れていくから」

 フィリーネがウェルナキアの腕を引っ張る。ウェルナキアは、えっ、と戸惑っているが、フィリーネはすでに行く気満々だった。
 ウェルナキアは強い。
 詠唱の時間はあるが、それくらいならフィリーネでも稼げるだろう。

「…わかった。気をつけろよ」

「ええ」

 鼻歌でも歌わん勢いで、ウェルナキアを連れ去っていく。ウェルナキアが、ちょっと待ってください、と抗議している声が聞こえるが、それも次第に遠ざかっていった。
 俺も日が完全に落ちる前に、火の準備をしなければ。
 俺は、枯れ枝を集めるために、腰を上げて探索に出かけた。








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