全くもって失礼な話だと思う。
少し格好を変えたくらいで、そんなにじろじろ見なくてもいいではないか。 確かに、つい先ほど会ったばかりではあるが、だからこそすぐに分かるだろう。紅桃の髪と瞳を持つ者なんて、そういないのだから。 それはそうと、この心臓をどうにかしてほしい。 今朝から――いや、夢を見ている最中から、いつもとは違う律動をしていて、苦しい。 ランティアを見たとき、一際大きくうねり――一瞬呼吸が止まってしまったくらいだ。その後、彼と話している最中も何度も息が詰まりそうになって、何でもない風を装うのに必死だった。 今もそうだ。 横を歩くランティアをちらりと見る。 平然と歩いている彼が、何とも憎らしい。 しかし… ―――まぁ、なんというか……かっこいいのは認めるわ 町で彼女たちが騒いでいたのも分かる。 私だって同い年の女の子の中では背が高い方だというのに、彼はさらにこぶし一つ分くらい高い。 体格もすらりとしていて、それでいて、芯は強そうで。 汚れなんて一欠けらも付かなさそうな純黒の外套が全身を覆っているところが、一番の目を惹くポイントだろう。そして、次に人々は、その外套から覗く肌の白さに息をのむ。ただ白いのではない。最も近いのは、雪だろうか。雪のように繊細で――触ると消えてしまいそうで。その荘重さに目を逸らすも、やはり、もう一度見てしまう。今度は全体を捕らえる。そこで彼の髪に興味を持ち、正面へ回ったが最後、瞳に取り込まれる。 彼の髪は、白に近い薄紫色で、瞳は赤寄りの濃い紫だ。どちらも珍しい色で、他に類を見ないほど美しい。目があった瞬間引き込まれそうになる。 そして、凛と整った顔に柔らかそうな雰囲気を載せて、形の良い口から、その妙に耳に落ち着く声を発するのだ。 本人にその気がなかったとしても、実際、充分に目立っているし、十二分に落としている。 ―――まぁ、私の好みではないけどね。何より、年下だし… 彼は見た目から判断して、十五、六だ。別に年下が悪いというわけではないけれど。 ―――そういえば、どうしてイキシアという名前を知っていたのかしら? うっかり聞きそびれてしまっていた。 彼の手紙を見させてもらったが、イキシアという名前は書かれていなかった。 書かれていたのは、一つは、手紙の差出人であるリナリア=ホーリィグレース。おそらく、その名前からしてホーリィグレース国とやらの王女か王妃かだろう。 もう一つが、リュート=アプゾルート。これは、ランティアをさす名前のはずだ。イキシア=フォイアーが、私を示す名前のように。 アプゾルート。絶対的な、力の象徴。 ―――……でも、私は、リュートなんて名前、知らなかったわ しかし、彼がそうであったように私も、ランティアを見たときに、口を衝いて出そうになった言葉があった。 ふさわしくないと、無理に飲み込んだのだ。 ―――きっと、変な夢を見た所為ね 小さな子供が、四人で遊んでいる夢。そこは見たこともない部屋で。 一人は赤毛だったから、私の設定なのだろう。もう一人は、銀の長い髪をしていて、薄紫のドレスをまとっていた。それから、金髪の――たぶん男の子。そして、ほとんど白に近い薄紫の髪をして、黒い外套を羽織った男の子。彼は、最も年長に見えた。他の三人が遊ぶのを、近すぎず遠すぎずのところで見守っている。穏やかに微笑みながら。誰かが泣くと、すぐに飛んできて、抱き上げて優しく髪をなでる。 私は、彼が好きだった。そして、同時に少し恐ろしかった。なぜだろう。こんなにも優しいのに。こんなにも、愛おしんでくれているのに。 ふと、隣から金属の掠れる音がした。 私の腰では、足の動きに合わせて絶えず剣帯の鳴らす音がしていたけれど、ランティアから聞こえたのは初めてだった。 どうやら彼は、何か考え事をするとき、剣を触る癖があるらしい。噴水広場で待たせていたときも、双翼のレリーフを触っていたように見えた。 美しい剣だ。レリーフの中心に嵌めこまれた宝石――アメジストだろう、それがランティアの瞳と似た輝きを放っている。まるでランティアそのもののように、透徹とした、細見の刃。ただ違うのは―― 「あーっ! 何か短いと思ったら、双剣だったのね!?」 ランティアが、瞬間、片耳を塞いだような気がするが、気のせいだろう。 「どうして!? レイピアの方が似合いそうなのに!」 そうだ。ほっそりとしていて、しなやかで。 「……あんな衝くだけのもの…あれは上流階級のお遊戯だ。争いには向いていない。実戦は、そんなに甘くない」 澄ました顔で、さらりと言い放たれた。ただ、事実を淡々と説明するかのように、どこまでも粛々と。 とくに貴族を馬鹿にしている風でもない。別に馬鹿にされたからと言って、どうとも思わないけれど。 しかし、彼はレイピアを衝くだけのものと評したが、では彼の持つ剣はどうなのだろう。レイピアより短く、双剣であるとはいえ、同じく諸刃の細見。レイピアよりは折れにくそうだが、だからと言って、力任せに切り裂くことを得意としているようにも見えない。この剣を操るには、相当な技量が必要であるように思える。私があまり剣術に秀でていないため、そう感じるだけかもしれないが。正直、ランティアはそんなに剣を扱えるように見えない。彼には剣ではなく、もっと別の何かの方が似合っている。 だが、不思議と不安はない。 それは、彼の瞳に何の迷いもないせいだろうか… 「フィリ! かまえろ」 「! ……!? な、何これ!!?」 そこにはいつのまにか、巨大な、ぶにょぶにょした塊がいた。 |