第2章 思い出の始まり




G




 フィリーネがどこかに行ってしまってから、俺は、なんとなく噴水広場に戻った。先ほどの場所も、静かで落ち着いていて好きなのだが、この広場には特別なものを感じていた。

―――俺は、ここを知っている…?

 この町には初めて来たはずだ。以前、王都に行った時は違う道を通ったから、この町には寄っていない。
 だが、何故だろう。見覚えがある。この雰囲気を知っている気がする。

―――そうだ、あの夢だ

 いつもの楽しく儚い夢ではない。
 俺の村――ムーンシャインビレッジが、魔族によって陥落したと聞いたあの日から、頭の中に蹂躙する、幻。桃源郷を赤黒く染め上げる、夢魔。俺は、その壮絶な光景の中、ありたけの声で叫ぶ。燃え盛る白い花絨毯を走り抜け、大きな噴水の横を通り抜け、異形の下へと駆け着ける…

―――あの噴水に似てるんだ…!

 では、あの夢の場所はここなのだろうか。

―――いや、違う

 あれはここではない。ここには白い花は咲いていない。
 今までに訪れた都町村のどこにも、白い花はなかった。
 あれは、あそこにしかない花。


『あなたは、この花と同じね』


 あそこでしか、咲かない花。あそこでしか、咲けない花。


『でもそれは、私と一緒』


「そう、だから俺は、ここ ( ・・) で咲き続けようと思ったんだ」

「なにが?」

 ぎょっとして振り仰ぐと、そこにフィリーネが立っていた。

「………」

 ただ、見入ってしまった。
 何かの思い出から引き戻された所為だけではない。
 彼女が、先ほどのドレス姿とは打って変わって、品良くレースの付いたキャミソールにショートパンツという軽装だったからだ。

「なによ、まさか、誰だか分からないなんてことはないでしょうね!?」

 心外だというように腰に片手を当てて、少し怒った様子で、ポカンとしているこちらの顔を覗き込む。高い位置で二つ括りにされた紅桃の長い髪が、ふわりと舞って肩先をかすめた。
 同時に、彼女が手を当てているその細い腰から、カチャリという音がした。恐ろしいことに、彼女は剣帯をしており、諸刃の長剣を下げている。腕も足も、脂肪よりは筋肉の方が多そうだが、とてもではないがそんな長剣を扱えるようには見えないというのに。

「いや…」

 ドレスを着ていたことから、フィリーネはおそらく貴族――領主の娘か何かだろう。

―――いいのか? 貴族がこんな格好をして…

 少し、呆れる。
 そんなこちらの心情を察してか、フィリーネはバツが悪そうに顔を引いた。

―――まぁいい

 俺は、いくらか拗ねてしまったフィリーネに軽く笑いかけた。

「行こう、フィリ」

 それを掛け声に、立ち上がった。

―――今度こそ、俺が守ればいいだけだ

 そう、今度こそ…
 歩きだそうとして、はたと立ち止まる。

―――今度こそ?








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