第2章 思い出の始まり




C




 宿屋を出ると、街中は雨雲など見る影もなく、文句なしに晴れ渡っていた。麗らかな日差しが優しく降り注ぎ、遣る瀬無い気持ちを穏やかにさせてくれる。
 俺は両腕を掲げ、大きく伸びをした。腰で、一対の剣がカチャリと楽を奏でる。
 柔らかな風が甘い花の香りごと頬をなでていく。肺いっぱいに吸い込むと、荒んでいた心が和んでいくのが分かる。
 フラワードロップタウンには、色とりどりの花が溢れ返っていた。建物のほとんどが桃色に染めた壁を使用していて、まるで御伽話に出てくる妖精の住処のような町だ。村によく来ていた配達屋の話によると、これはどうやら現領主の趣味らしい。
 赤、黄、青、紫、緑…目まぐるしいまでの花に囲まれながら、俺は広場へ向かった。前回の村で懲りたため、途中の酒場は素通りする。

「――っ」

 石畳の路地から空けた場へ出た途端、あまりの眩しさに思わず目を細める。
 広場の中央には噴水があり、そこから放たれる水しぶきが朝の日差しを反射して、それがまるで星空の余韻のように幻想的な空間を作り出していた。
 広場に設置された長椅子に腰掛けている老夫婦、乳母車を押して談笑している婦人たちに、ボールを蹴りながらはしゃぎまわる子供たち。まったりとした天日の下、みな思い思いに過ごしているようだ。
 うらやましい。
 そう思ってしまう自分を情けなく感じる。
 だが先ほどから気にかかるのが、数箇所から送られる視線。殺意などでは断じてない。好奇とも違う気がする。恐らく王都への旅の最中でも度々感じていたものと同じだ。王都では、確かめようと思って気配を手繰ると、その先にあどけなさの残る少女がいたり、内気そうな女性がいたりした。まさか問い詰めるわけにも行かず、結局何なのか分からずじまいなのだ。
 仕方がない。気にはなるが、ほっておいたからといって特に問題もないだろう。
 俺は気を取りなおして、ホーリィグレースの情報を集めにかかった。








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