第2章 思い出の始まり




B




 部屋を出ると、焼きたてのパンの香りが鼻をくすぐった。エプロン姿の女性の後ろをついて廊下を抜けると、落ち着いた雰囲気の食堂に行きついた。食卓には、パンと卵と野菜のスープ、それだけの簡素な朝食。けれども今は、それがとても懐かしかった。

「おや、ぼうや。起きたんだね」

 人の良さそうな年配の女性が、並んだ食卓を拭く手を止め微笑む。他の客はいない。

「………ぼうや?」

「まだ幼いのに旅なんて大変だね! ささ、簡単なもので悪いけど、食べてちょうだい!」

 聞き捨てならない台詞に、ぼそりと聞き返すが、女性の耳には届かなかったようだ。にこにこと朝食の席を勧めてくる。

―――またか…

 半分諦めてはいるが、それでも少し拗ねてしまう。
 俺は笑顔も作らず軽く頭を下げて席に着き、もくもくと食べ始めた。
 すると、そんな俺の態度を気にも留めずに、年配女性は掃除を娘に任せて、楽しそうに俺の向かいの席に座った。

「今いくつ――十五くらいかい? この町にはお使いに? それともこのまま王都へ行くのかい?」

「………」

 食べる手が止まる。
 決して、この女性は悪くない。だが――

「王都へ行くのだとしたら向こうに知り合いはちゃんといるのかい? 護身用にしては大層な剣を持っていたけれど、やっぱり一人じゃ危険だから帰りは――」

「もぅ母さん、そんなにいっぺんに聞いたら可哀そうでしょ!」

 悪意がないのは分かっているし、心配してくれていることは素直に嬉しい。言うべきか言わぬべきか…話を合わせるのも一つの手だろうか。
 だがこの親子は二人してにこにこと俺の返事を待っている。
 俺は思い切って、少しばかりの怒りと恨みで声が震えるのを何とか堪えて口を開いた。

「…………十八です」

「え?」

「今年で十九になります」

「……えぇ!?」

「それじゃこの子の一つ下かい!?」

 こちらが謝りたくなるほど驚かれるのにも、すでに慣れつつある。
 うそだって…とか、えぇでも…とか何とか言われるのもいつものことだ。
 二人が慌てふためいている間に、朝食の残りを口にかきこんで、食事を終える。

「おいしかったです。ごちそうさまでした」

「あ、ああ…そうかい、それはよかった…」

 返事も待たずに席を立ち、そそくさと部屋へ帰る。若い方の女性が、どうしよう着替えさせちゃった、などと顔を赤らめているのが見えた。つられて赤くなるのを感じながら部屋の扉を後ろ手に閉める。
 早くこの宿から出よう。そうしたら町で情報を集めて、次は王都だ。
 そう、後戻りは出来ない。前だけを見つめていこう。
 今は、それでいい。
 それで…








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