第2章 思い出の始まり




@




「……ん…」

 鳥のさえずりが聞こえる。視界が、ぼんやりとしていて、白い…
 子供の笑い声が細波のように、近づいては遠ざかっていく。

―――ああ、これはいつもの夢だ…いつも通りの…

 どこまでも続く白。ここにしか咲かない白い花。そんな穢れなき絨毯の上を子供達が走り回る。ここは俺たちだけの場所。怖いものも悲しいものも何もない。
 少し離れたところを走っていた子供が、突然転んでしまった。俺はすぐさまそちらに走り寄る。怪我をしたのだろう、泣くか泣かないかの顔で膝をおさえている子供の頭に手をのせて、呪文を呟いた。子供はすっかり痛みのなくなった足で立ち上がり、俺に抱きつく。そのとき、背中に何かがぶつかった。別の子供だ。俺は驚きながらも、背中にしがみつく少女の銀色の髪をなでる。先ほど転んだ子供は、別の少女に手を引かれて、再び走り出した。
 なんて穏やかな日々。
 なんて愛おしい世界。
 しかしそこに突如、赤黒いものが紛れ込んだ。

―――ヤメテ

 人々の悲鳴が聞こえてくる。
 気が付けば、あたりは火の海だった。

―――コンナノハ、イヤダ

 目の前にはたくさんの人が倒れていた。その向こうには、いくつもの異形が…
 体のそこかしこが痛かった。荒い呼吸が止まらない。瞳から零れるものは、周囲に立ちこめる煙のせいかそれとも――

―――コワサナイデ

 誰かに呼ばれた。悲痛な叫びだった。でも俺はそれを無視した。今度は腕を引っ張られる。それも振りほどいた。俺は燃え盛る炎のその向こうを見つめた。
 だって俺がやらなきゃ。

―――ソウダ、オレガヤラナキャ

 彼らには、いつまでも笑っていてほしかった。だから、この白い空間だけは守りたい。
 そう、俺は守りたかったんだ。

―――コノ……白い………………天井……を…?

 染み一つない白に、何かの布のはためきが、ぼんやりと映っている。
 ああ、きっと定期的に張り替えているんだろうな――漠然とそんな事を考えながら、力を入れて体を起こす。
 重い。敷布に沈み込んでしまいそうな錯覚に囚われる。
 いや、体は至って健康なはずだ。重いのは――
 夢と現が混ざりあう。
 熱い、苦しい、痛い――汗ばむ手を握りしめる。

「父さん…」








←←間章へ  ||  第2章(2)へ→→