間章




 いつかこんな日が来ると、心のどこかで感じていたのだ。
 あの日、あの子を拾った、生涯で最も幸多き日から…




 私はその日、ふいに呼ばれた気がして、普段滅多に入らない森に足を運んだ。
 何の迷いもなく、森の奥まで歩いて行くと、壮麗な光を発するものを見つけたのだ。大きさは、片手で抱えあげられるほどだった。
 惹かれるように近づくと、神々しく輝いているのは、何かを覆っている薄い膜だということに気がついた。すっかり魅了された私は、何のためらいもなく、その膜に触れた。途端、膜は破れ、中に守られていた何かが現れた。

 それは、一人の少年だった。

 私は、思わず息を飲んだ。とても美しかったのだ。同時に、あまりの荘厳さに慄然とした。
 私が、その少年に触れるか触れないかの距離で立ち尽くしていると、小さなうめき声が聞こえた。そして、かすかだが、苦しそうな息使いも聞こえてきたのだ。私はとっさに、この少年のものだと判断した。急いで上着を脱いで少年を包み、大慌てで家まで持ち帰ったのだ。




 ぬるま湯につけ、体を軽くふいた後、寝台に寝かせた。二、三日、高熱が続いた。意識もない。私はただただ祈るばかりで、どうしたらいいのか分からなかった。家に帰ってから知ったことだが、その少年自身からも、うっすらと光が放たれていたのだ。さらに、少年が辛そうに寝返りを打つ度に、周囲で何か音がしていた。どう表現していいものか…それは、空間が歪み砕けるようでいて、生まれいずるようでもあった。

 家に連れ帰ってから一週間が経った日、少年は目を覚ました。しばらく、焦点の合ってなさそうな目で辺りを見回していたが、私の存在に気づくと、ここはどこだと訊いてきた。そして、自分は何だ、とも。
 私は困り果てた。少年は、いわゆる、記憶喪失というやつだった。私はまず、名前を考えた。なんとなく頭に浮かんだ名前を口にすると、少年は気に入ったのか、軽く微笑んだ。
 しかし、相変わらず、少年の体は発光していた。少年にも原因は分からないようだった。

 その時、偶然にも王都から気功術師が村を訪れていた。私は、これ幸いと無理を頼んで少年を看てもらった。いや、今から思えばそれは偶然ではなかったのかもしれない。
 気功術師は、少年もまた気功術師となる素質があると判断した。そして、モンスター退治の仕事の合間でよければ、少年に稽古をつけると言ってくれた。
 モンスター退治の仕事が終わってからも、気功術師は村に留まっていた。ついでに、剣の手解きもしてくれるとのことだった。精神統一のためだと言っていた。それを聞いて私は、少年に一対の剣を差し出した。それは、少年を拾った帰り道、同じく森で拾ったものだった。細身の諸刃の双剣で、柄にアメジストの嵌められた双翼の浮彫があった。少年は驚いて、それは自分のものだと思うと言った。

 やがて、気功術師が村を去るころには、少年の発光も治まり、すっかりこの村に馴染んでいた。気功術師のことを先生と呼び、大層慕っていたから、別れる時には少し寂しそうだった。

 それからは一人で、毎日欠かさず修業をしていた。しかし、力を完璧には制御できていないのか、成人男性並みに飯を食べていても、いつまでたっても細っこいままだった。
 さらに気がかりなのは、少年の性格だった。いつもどこか自信がなさげで、時折、消えてしまうのではないだろうかと思うほど遠い眼をしていた。まるで、自分という存在はどこにもないのだと、そう言っているかのようだった。
 だから、王都へ行くと言い出した時には、思わず理由を訊いてしまった。本人は、剣の腕を試すためだと言っていたが、本当のところはあの気功術師を探すためだったのだろう。そのことに気づいてしまっては、もう送り出すしかなかった。

 数ヶ月経って、ひょっこり帰ってきたときには、つい涙ぐんでしまった。私のことを父と呼ぶ、この子がいる生活が、当たり前となっていたのだ。王都での武勇伝が語られている間も、この子が目の前にいることへの嬉しさと感謝でいっぱいだった。

 だが、その時、私は妙な感覚にとらわれた。それは、この子が王都へと旅立った瞬間の恐怖を思い出した時だった。既視感とでも言うのか…いや、それはこれから起こることへの予感だった。




 そう。分かっていたのだ。この日が来ることは。
 認めたくなくて、背を向けていただけなのだ。




 ラント。

 再び出会えたその日には、至高の笑顔を見せてほしい。
 自分に誇りを持って生きている姿を―――








←←第1章(7)へ  ||  第2章(1)へ→→