空にはうっすらと雲がかかっていた。晩には雨が降るかもしれない。
門衛に軽く挨拶しながら、町へ入る。今日の活気はそこそこか。この町は、俺の住む村より倍は広く、人口は三倍にもなる。この辺りになると周囲に町や村が増えてくるので、王都の調査隊もこの町まではやってくるのだ。そのための施設も一通りは揃っている。 ―――まずは、酒屋か… 「あ、すみません、酒屋ってどこですか?」 ちょうど通りかかった町人を捕まえる。だが、町人は何も言わず、顎で示しただけで去ってしまった。 愛想の悪い人だなと思いながら、顎で示されたほうを向くと、 「あ…」 恥ずかしさで顔が赤くなるのを感じつつ、すぐ横の酒屋の扉を押し開ける。 からん、と音が鳴り、酒の異臭が鼻をついた。店内は薄暗い。客はまばらで、奥では、店主らしき男がグラスを磨いている。 酒の匂いで自然と渋面になりながら、とりあえず一番近い机の男達に近寄った。 どうやら昼間から出来上がっているらしい。多少の不安を押しのけ、彼らの会話に割って入った。 「少し、いいですか?」 「ん〜?」 男達が振り返る。 「なんだぁ? しらふかぁ? いけないなぁ」 ―――これが普通だ! 昼に酔っ払っているほうが“いけない”と思うのだが。ここは一先ず飲み込んでおこう。 「ホーリィグレースという国を知っていますか?」 「あぁ? ホースグループぅ? 何のグループだそりゃ?」 こっちが聞きたい。 「ホーエンロアーといやぁあいつ、今頃どうしてるかねぇ」 知るか。 「あぁあいつかぁ…そういや昔……」 だめだ。まともな会話を期待した俺がバカだった。これなら広場の子供に声をかけたほうがまだましだ。 だが、ため息交じりに立ち去ろうとしたその時、 「待て待て兄ちゃん、まぁ、飲めや」 腰をつかまれ、引き寄せられる。うなじに掛かる男の吐息が、何とも言えず酒臭い。 「ちょっ、放してください」 「なんだよ〜 この俺様の酒が飲めないとでも?」 「まだ未成年ですからっ」 「みせいねん〜? 見えない見えない」 「はぁ? あ、ちょっと」 口元に酒瓶が持ってこられる。必死に抵抗するが、なかなか振りほどけない。筋肉が付きにくい体質をこれほどまでに呪ったのは、久しぶりだった。 「そぉらよ」 体を捉えている男とは違う男の、そんな掛け声とともに、ばしゃっという液体がこぼれた音がした。 ―――やっぱり酒場なんて 来るんじゃなかった! 俺の意識は、そこで途絶えた。 |