第1章 夢の終わり




A




 数ヶ月も村を離れたのは、あの時が初めてだった。
 隣町までは、急ぎ行っても一週間ほどはかかってしまうので、買い物に行くだけでも数週間を要するわけだが――王都はもっと遠かった。
 そもそも道がわからないため、距離感などとは無縁の旅だった。
 どれだけ歩いただろう。
 開催日の一ヶ月以上前に村を出たのに、着いたのは前日だった。
 そして俺は、こんなにも連日剣を抜いたことはないと妙な充実感を抱きつつ、勝ち抜き試合に臨んでいた。
 あの数ヶ月で、知らないことをたくさん見つけた。そして、色々なことに気づいた。
 もしかしたら、あの場所も、探せばあるのかもしれないと思った。
 思いついたら、気持ちばかりが先走り、居ても立っても居られなくなった。村に帰ったらすぐに、村中の本を読みあさった。その次は隣町と、外に出かけることが増えた。
 でも、やっぱりそれは何処にもなくて…


 髪が逆立つほどの風が吹いた。
 とっさに手紙を持つ手に力をこめ、扉で風を抑える。
 やけに薄っぺらい封筒だった。藤色の――ほのかに花の香りがする。よく見ると、宛名も、宛先も何も書かれていなかった。

「………?」

「いつまでそこに突っ立ってるんだ、ラント」

「あ、うん」

 呼ばれ、家の中に入る。
 いつの間にか、机の上には朝食の準備が整っていた。父が席に着き、茶をすすっている。
 父が座ると椅子も机も小さく見える。がたいがいい、というより、ただの中年太りなのだが、本人はまったく気にしていないようだ。

「手紙か」

 さほど興味がなさそうに聞いてくる。茶を飲む手を止める気配もない。

「うん」

 俺も特にそれを気にかけることもなく、自分の椅子に腰掛け、中の手紙を傷つけないよう注意深く封を切る。
 中には二つに折られた白い紙が一枚だけ。そこには濃い紫のインクで書かれた、丸くて可愛らしい字が並んでいた。


『リュート=アプゾルート様』


―――リュート…

 知らない名前だった。
 だが、なぜだろう。
 これは俺宛なのだと、強く感じる。


『お元気ですか。あなたに手紙を贈るのは初めてですね。
我が国ホーリィグレースにて、旧友の再会を祝う茶席をご用意致しました。
道中お気をつけて。すべては石の導くままに。
リナリア=ホーリィグレース』


―――ホーリィ…グレース……

 視界の端で何かが光った。
 不意に重みを感じると、逆さに持っていたらしい封筒から、何かが転がり落ちた。
 机の真ん中で止まったそれは、一瞬、壮大な輝きを発した。
 そのあまりの光量に、虚をつかれた二人の視線が集中する。
 小鳥の卵ほどの大きさの、ほんのりと光彩を放つ、青い石だった。

「………」

―――行かなくちゃ

 沈黙を破ったのは、自分が椅子を蹴り立つ音だった。








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