TOD2ミニ小説



英雄たちに相談しにいくあたりのクレスタでのお話を改造した感じです

ジューダスメインのシリアスっぽいです



だいぶ昔に書いたものをそのまま載せてみたので

読みづらい箇所が大量にあることをご了承くださいませ



それでは、どうぞ↓↓





 ――― その日はまるで、彼の心の奥を映したかのような日だった ―――





 いつもは心が痛むくらい青い空も、今はすべてを覆い隠すような悲しみに満ちた色をしている。
 それはつい最近、最も身近に感じていた友を失った彼の影と同じ色だ。

「ジューダス……?」

 彼――ジューダスは、不意に顔を覗かれ目を見開いた。だが、顔を覆っている装飾具のお陰で彼の表情が読み取られることはない。

「…なんだ?」

「だから、クレスタ! まだみんなで行ったことなかっただろ? 行こうよ!」
 
 こんな暗空の下でも、まぶしいくらい輝いている金髪の少年は、またしてもとんでもないことを思いついたようだった。
 仮面の奥でひどく動揺し、顔を歪めながらもジューダスは出来るだけ冷静を装って答えた。

「……僕たちにそんな余裕は…」

「少しの骨休めってことでさ、いいじゃないか」

 赤毛の少女が遮る。どうやら彼以外は賛同しているらしい。ジューダスは観念して、いつものように軽くため息をついた。

(まぁ顔を合わせなければ、かまわないか…)

 だが、その考えが甘かったことを、後々彼はさんざん思い知ることになる。



「クレスタだ! 何か懐かしいな……こんなに小さかったっけ…?」

イクシフォスラーから降り、伸びをしながらカイルが言う。

「お前がでかくなったんだよ」

 続いて降りたロニが深呼吸しながら諭す。
 懐かしい空気。昔なら、こんな田舎、と言って笑っていたかもしれない。
 以前来たときより、だいぶ変わってしまった。それでもここは、胸に残る、仲間がいる場所――

「カイル、ここに来る前に裏庭が見えたんだけど、ちょっと借りてもいいかしら。この千年でボロくなってたところ直したいの」

「裏庭って、デュナミス孤児院の? いいけど…」

「んじゃ、私はイクシフォスラーの修理をしてくるから。先に骨休めしてて〜」

 そう言ってハロルドは、ひらひらと手を振りながら、鼻歌交じりにイクシフォスラーの中に戻っていく。
 飛び立とうとするイクシフォスラーからみなが数歩離れ見送る中、ジューダスは漆黒のマントを翻した。

「おい、ジューダス、どこ行くんだよ。せっかく麗しのルーティさんに会えるっていうのに」

「……僕はもう何度も会っている」

「お前が会ったってのは、18年前のルーティさんだろ? あの頃のルーティさんもさぞかし美しかったろうが、今のルーティさんは、もっといいぞっ」

「……お前と女性の好みについて話し合うつもりはない」

「ちょっとまてよ!」

 なおも食い下がってくる銀髪の青年を睨みながら、つかまれた腕を振り払う。

「くどいっ」

「……なんでウッドロウさんとフィリアさんには会っといて、ルーティさんには会わないんだよ」

「……」

「まっまさか、ジューダス、お前……ルーティさんのこと…」

「! なぜそうなるんだッ 第一、彼女は僕の」

「僕の?」

「ッ……」

 思わず声を荒げてしまい、仲間の視線が突き刺さる。心の中に葛藤が生じ、言葉に詰まる。言ってはならない。言うべきではない。適当にはぐらかさなければ。顔を、あげなければ…

「……性に合わないだけだ」

「はぁ? まぁお前さんみたいなひねっかえりにゃ、ルーティさんの魅力はわかんねぇよなぁ… というわけで、ほら、行くぞ」

「何が、というわけ、なんだ! 僕はっ」

「行きましょ、ジューダス」





 どこか――ここではない遙か遠いところから、ともに旅をしている仲間に引っ張られていく黒い影を見ていたプラチナ色の『それ』は、笑いながら呟いた。

―――やっぱり、ボクがいないとダメだなぁ… でも楽しそうでよかったですよ―――

 そして、“眼”を閉じ、さらに小さな“声”で、誰かの名前を囁いた。





「あら、カイル、ロニ! おかえりなさい」

「ただいま! 母さん」

「ただいま、ルーティさん」

 半ば驚いているルーティに、息子たちは元気よく挨拶をする。

「母さん、仲間を連れてきたんだ」

「リアラです」

「ナナリー・フレッチさ」

「…………」

「こっこいつは、ジューダスっていうんです」

 目を伏せていたジューダスの紹介をロニが買って出る。ロニは、内心毒づきながら、ジューダスに挨拶を促した。
 しかし、ジューダスには端からその気がない――いや、そのような余裕がなかった。横を向き続けるだけで精一杯だ。

「……そう。みんなゆっくりしてってね。晩御飯は、私が腕によりをかけて作るから」

 みなの歓喜の声を遠くに聴きながら、必死に湧き上がる衝動と戦う。その苦しさに彼は、いつものクセで、つい、背中の『それ』に触れようとしてしまった。
 そして、気づく。もう『それ』がないことに。

「……ッ」

 やりきれなさが込みあがり、堪えきれずに外に飛び出した。背中にルーティの鋭い視線を感じながら……

「あ、ジューダス!?」



「わぁ! クリームシチューだ」

「そうよ♪ たくさん食べてね」

 仲間に連れ戻されたジューダスは、長いテーブルの隅に座っていた。もちろん、顔は外へつながる扉のほうを向いている。
 彼は、そっとため息をついた。それは呆れからでも諦めからでもない。気落ちからだった。
 ルーティは、気がつかない。こんなにも近くにいるのに。
 姉さんは、僕のことを忘れてしまったのだろうか。いや、もし本当に忘れているのだとしたら、それでいい。そのほうがいいんだ……

「はい、ジューダス君。あ、安心して? あなたの嫌いな人参とグリンピースは、よけてあるから」

「!?」

 はっとして振り仰ぐ。ルーティと目が合った。
 ルーティはにっこりと笑っている。だが、驚愕にこわばっている彼の顔には、明らかにこう書いてあった。どうしてそれを!? やはり気づいていたのか!? と。
 ルーティは、それを読み取ったかのように目を光らせた。



 その晩、ジューダスは1階での話し声を聞きつけて、あてがわれた部屋を出た。そして、階段を降りかけたとき、

「ねぇ、カイル。あんたの仲間にジューダスって子、いるでしょ?」

「うん」

「あの子…いったい何者?」

「えっなっななんでそんなこと聞くの? 母さん」

「いいから!」

「じっジューダスは、仲間だよ」

「カイル……ちゃんと答えて」

「……」

 足が勝手に動いた。吃りながら目をそらすというように、挙動が不自然となっている少年を助けるためだろうか? それとも……
 そのとき、唐突に黒い何かが舞い降りた。

「あ……ジューダス…」

 階段に背を向けるようにして立っていたルーティは、カイルの声で振り向いた。

「あ…っ」

 ジューダスは、彼女たちのほうは一切見ずに庭に出た。



 再び外に出たジューダスは、もうここに来て何度目かになるため息をついた。そして、空を見上げる。月は、雲に隠れていて見えない。しかし、その月を隠す雲は、向こう側から照らされ、プラチナ色に輝いていた。
 その輝きに、彼は語りかける。

「シャル…」

「あら? ジューダス君じゃない。どうしたの? こんな時間に」

 振り返ると、そこにはルーティがいた。

「……」

「……ていうのは嘘で… 話があるのよ。あんたに」

 眼前の女性が、昔の記憶の中の像とかぶる。瞳が揺れるのを感じた彼は、自分には黙って立ち去るという選択肢しか残されていないような気がした。

「あ、待ちなさい! リオン!!」

 去りざま、腕を強くつかまれた。しかし今度は振り解くことが出来ない。次第につかむ手に力が抜けてきても、彼はどうしても振り解けにいた。

「ねぇ……リオンなんでしょ?」

「…………」

「どうして黙ってるのよ!! 何とか言いなさいよ」

 言いたいことは山ほどある。ルーティを、姉の姿を初めて見たときから。たくさんありすぎて、もう何から言えばいいのかわからない。

「僕はリオンなんかじゃない。僕は……ジューダスだ……」

「うそッ だってあんた、似すぎてるもの……っ」

「……」

「そうよ、仮面…… とりなさいよ! あんたがリオンじゃないって言うなら!!」

「それは……」

 もうこれ以上は無理だ。これ以上、姉の悲しみに満ちた顔を見るのは……
 ジューダスは自ら仮面に手を伸ばす。そして……

「……!!」



「ああ〜 リオンが〜 リオンの顔がぁ〜」

 部屋の中にルーティの絶叫が轟く。

「こんなもんでいいの?」

「ああ…すまない」

「ふふふっ この私にかかれば、人一人幻にいざなうくらい訳ないわっ」

 自画自賛しているハロルドをよそに、仮面の剣士は誘われるように庭に出る。
 もう何度もこの空気を吸った気がする。
 だが、もっと吸ってもいい、そう思う。姉さんが、僕の名前を呼んでくれるのなら……

(僕は…… たとえ、この旅が終わったとき、みなの記憶がなくのだとしても、僕はこの仮面をはずすわけにはいかない…… すべてを隠してやり遂げる……そう、決めたのだ。彼らには、あの惨劇を思い出させたくはない…… だから……)

 空を見上げても、そこには星も月もなく、雲と雲の流す雫しか見えない。
 それでもジューダス、いや、リオンは、空に呼びかける。

「そうだろう? シャル……」

 雨に濡れ、彼の仮面は悲しそうに泣いていた。





 その呼びかけに答えるように、遙か遠い、ここではないどこかで『それ』は、大好きなおしゃべりを始める。

―――ぼっちゃん…… ぼっちゃんは、たとえ、この世のすべての人の記憶から消えようとも、ボクのマスターに変わりありません。ボクがいなくなっても、まだボクに話しかけてくれるボクの永遠のマスター。ボクは、そんなぼっちゃんといつまでも…… だから、願わくは……―――





 ―― その仮面は、今は、孤児院のある部屋の窓辺に置いてある。そして、あの日と同じ血のような雨の降る、月のない空を眺めている。誰かに呼ばれることを望みながら……



 だが、もう涙は流れない ――





END